内なる声を聞き続けることの弊害。

御神託が降りた日2016/04/12
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【御神託】

内なる声を聞き続けることの弊害。
それは、自分のこころに正直にしか生きられなくなるということ。
多少のごまかしがきかなくなるということ。

それがどこかで怖くて、人は「内なる声」「こころの声」を無視し続けている。本当は有名になりたいのに、本当はお金持ちになりたいのに、本当は大好きって言いたいのに、本当は素直にごめんねって言いたいのに・・言わずに死んでいく。
「瞑想」という「死の疑似体験」を通して、ごくシンプルな生まれてきた理由に気づいていく。生きるということは有限であること。感動することで こころは何倍にも感度を高めていくこと。感動し続けながら生きていきたいと願っていること。それが視界をよりクリアにし、人生を輝かせてくれること。それに気づいていく。

自分のこころの声を聞くことを大切にしてきた人は、義理や人情に流されない。流された方が楽なのに・・ 内なる声はそれを許さない。自分が2分割されたようになってしまう。それでも内なる声が叫び続ける声が耳から離れないのは、あなたが大切にすべきことは、内なる声だからだ。

意味のないこと。意義のないこと。
そう見えることも必ず時間差で 意味を持ち意義を持つ。
意味のないことなんてないのだから。
偶然もない。すべては必然。

あなたの「内なる声」は今 なんと言っているか。
そしてその声に ただただ耳を傾け、それを大切にしてほしい。
無下に却下してしまっても、身体のどこかにその声は居座り続け、いつかその声がだんだんと大きくなっていることに気づいてしまうことがある。その時にその声に従うより、「今」従う方が、実は 楽に簡単に できてしまうのだ。

時期と時節、タイミングというのは、目に見えぬものからの応援が集まる時期、なのだから。

天宮 玲桜