10歳で霊能者としての修行が始まってから、幾度となく目に見えぬものとの対峙をしてきた。
「除霊」「浄霊」と呼ばれるものだ。ときに、1日以上お経をあげつづけ、そのものとの話し合い、いや、罵り合いを続けても、なかなか天にあがってくれないものもある。命がけでの対峙。
必ず窓を開け、外と屋内を繋いでおく。お互いの逃げ場があるように。肉体を持ったことのない「自然霊」たちは、ときに残酷に人間にまとわりつき、己の願いを叶えようとする。何かしらのメッセージを伝えるときもある。亡くなった霊魂が、あの世に行けず、この世にとどまっている場合もある。
阿弥陀如来さま、不動明王さま、薬師如来さま、弥勒菩薩さま、何体もの神々の力を借り、あの世へと導く手伝いをする。
ジブリの世界に出てくるような妖怪たち、化け物、動物霊、大蛇、狐、狸・・色んなものをこの目で見てきた。車を運転していても、そんなものたちがわたくしの世界にはうようよしている。これが見えないという人たちが信じられないほど・・。
ふと気をぬくと、波長が低くなり そういった世界のものたちと繋がってしまう。そうするとそちらの世界へ引っ張られてしまう。自分自身ではない感覚。言葉遣い。態度。憑依というものは日常的に起こりうること。
あるとき、屋敷払いのためのお経があがり始めた途端に、別室にいた側近今井さんがボロボロと泣き始め、生霊が今井さんから離れなくなったことがあった。名を紙に書き、炎で消していく。生霊ほどしつこいものはない。なかなか体から離れてくれない。
セミナーなどで説法だけを説いているように思われがちだが、実際には様々なことをしている。公には出せない、聞けば誰もが得心するような企業の進む道や、人事など、絶食をし、水行をしてから望むことも多々有る。
女性としてのしあわせは遠いところにあるのかもしれない。でも、命を預けられた一人の人間としては、生きがいとやりがいを毎日のように頂き、感謝ばかりの日々なのである。
また朝の行が始まる。
天宮 玲桜
