【御神託】
若い頃、大切な人を亡くした人には、こころの奥に深い深い 悲しみの湖ができあがる。それは、一生経っても消えない湖。
人に会うと、時々その湖を持つ者に出会うことがある。
「大切な人は 急にいなくなる」
「大切に思えば思うほど 急に目の前から消えていく」
そんな思い込みを生み出し、自分を罪悪感で塗り固め、せめて、自分が楽しい思いをせずに、辛い思いをし、罪をつぐないながら生きよう、そうこころに決めてしまう。
本当の意味で 「喪に服す」とはどういう意味であろうか。
人は誰もが最期を迎え、あの世へと旅立っていく。
葬儀場には 亡くなった人が必ず存在し、お客様を迎えたり、自分がどうしてここにいるのかわからずに 佇んでいたりする。
あなたが亡くなったとき、大切な人にどういてほしいだろうか。
悲しんでもいい。寂しい思いをしてもいい。
でも 泣いて泣いてその後には、雨が降ったあと光が射し、虹が生まれるように、その涙と、感謝の光で こころに虹をかけ、亡くなった人が心配しないように、安心できるように、精一杯 人生を謳歌することが大切なのではなかろうか。
いつまでも 自分に罪を抱え、その自分に酔いしれているのではなく、楽しんで、自分らしい笑顔で生きているその姿が、亡くなった人を 成仏させていくのである。
人には「定命(じょうみょう)」「寿命」がある。
長ければしあわせ、短ければふしあわせ、ではない。
長さではなく、その人の死がどれだけの影響を与えたか、なのである。人数でもない。そのエネルギーの大きさ。
一人のこころにでも 「あの人が生まれてきてくれてよかった。そして 長い長い悠久の時のなかで ほんのわずか 生きる時代を共にし、ご縁を頂けてよかった。巡り会えてよかった。」と思ってくれたなら、亡くなった人の命は、形を変えて、遺された人のこころの中で生き続ける。
誰も一人ではない。
神様はそんなヘマをしない。
誰かが誰かとご縁を結ぶ。
そうできている。あなたが 今 一人で思いを抱えているなら、そしてそれが苦しみの中なら、どうか勇気を出して一歩踏み出してほしい。
どんなあなたでも 抱きしめ 許し、見つめ、見守っている存在があることを あなたはいつか 気づくだろう。
天宮 玲桜
